時代を超え、形を変えて受け継がれしもの。8

技術は技法
あくまでも手段であり
習得の先にこそ
待つ何かがある。




目先のことにとらわれると
本来の目的や本質を
見落としたり見謝ったりする。


私の場合は
「極力、ソレに気付かないように見ないようにしていた」と
いうのが最も近いのだが…

まぁ、それはそれで
この時点で気付いていることになるが…



さて、

この頃

個展を目前に控え
本能が納得しない展開と
「打ち出す」という拘りすぎて
自身が何をしたいのかに混乱していた。

もちろん「打ち出す」と言うコトには
拘りたかったので
それは、それでいいのだが
本来の目的を見失っていたのだろう。

それが故

作ること自体も止まり
何をしてもうまくいかないという
渦中にいた。



己の技術がいかなるものであっても
謙虚であり、人に感謝を。

これは、今現在だからこそ
思うコトだか
当時は、未熟が故、
そうはいかない。



技術や、才のある人ほど
表向きには出てこない奥ゆかしさがあり
しなやかな強さがある。


ところがだ、

これに自己表現を併せ持つと
表に出ないと
折角表現したものが
伝わらないということになる。


ならば、

そうまでして
何を、誰に伝えたいのか…


それがわからなくて
自問自答の最中だった。






そんな中のこのパネルの話。

お客でもある友人からの依頼を理由にして
「個展まで後8カ月にして全て手付かず」の
現実から逃げた。


そして
三か月の時を要し完成したパネルを前に
涙があふれ

そして

それは、私だけではなく
友人にも起こり

二人の中で
それまで止まっていた何かが

間違いなく

それぞれに
動き出した瞬間だった。



そして私にとって

自己表現をしているつもりが

自分が自分のために
創作をしているわけではなかったんだと

根本的に考え方が
360° ひっくり返る事となり

ここまでは、
いや…
これまでの20年の制作の全ての道のりが

これから待つモノのところへ届くための
最低限の準備だったのだろうと

自分ひとりで
デザインから制作そして、施工と
自分の手ひとつに拘り

ステンドを携わる
全ての角度から一通り見れるということが
礎になり、積み上げられていく
その先があるのだと

希望の光と言うよりは
まだ、やらなきゃ無いのかと

自分の器では
まだまだ足りないのだと
それでも、
越えて行かなければならないのだと
愕然としつつも
穏やかに受け入れ

そして受け入れつつも
「受け入れるのかよ?」と
冷静な一人突っ込みをしてる自分がいて
いろんな意味で頭を抱えた。

「現実から逃げた」つもりで
実は個展までの間に必要だった
大切なプロセスだったのだ。

それに気づいてしまった
そんな一瞬だった。


そう、

こんな8話もの話になっておいて
「一瞬」の思考で終わるのである。








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