時代を越え、形を変えて受け継がれしもの。最終話

人には物事が起こるタイミングがある。

このパネルに携わる事が出来て
たくさんの事を感じる事が出来た事に
感謝を飛び越えて「見事」だと感動さえ覚える。

話をもらった時
それらを感じる事に迷いがあったからこその「間」

友人からの話だからと
それを押し切ってみた。

今から思っても、素晴らしい程のタイミングで
感謝は尽きない。

自分の持つ小さな器に

「家」が受け継がれていく重み
人が節目に一歩を踏み出すまでの想い。
未来へ繋がる事への希望。
様々に交錯する時間の軸と人の想い。

たくさんの想いは
私の身体へ心へ染み込む様に溶けていった。

私にとってこのパネルの話は最高のタイミングだった。

個展までは
後4ヶ月となっていて、
そこで、思考が変わると言うことは
頭を抱えても、泣いても、逃げたい程のタイミング。

しかし、
物理的な事は

頭を抱えても、泣いても、逃げたい程のタイミングでも

頑張ればいいだけの事なのだ。

そうして
このパネルの全てを終え
工房に戻った私は
落ち着く間もなく
何を打ち出していくか、悩んでいたことが嘘のように動き出したのである。

このタイミングが
後少し、後にずれていたら…
あの時の個展は無かったであろう出来事。

私が、全てに感謝をせずにはいられない
恵まれた出来事の一つである。

だからこそ
それらに応えるべく

物理的な無理は
身体に無理をしてでも頑張れる「力」になるのである。

時間をかけ、人と関わり、たくさんの経験の中から人は何かを学び、
感謝を覚え、また何かを返してゆく。

たとえ、そこで何かを感じずに、通り過ぎても
それらが必要ならばまた
形を変えて同じ様に目の前に現れるのだろう。

その時点で、準備が出来ていれば気付く事になるだろうし

準備が整っていなければ
何事も無いように通り過ぎてゆく。

以前
開いて進んだ扉のなかで、この経験をし
それを踏まえて、個展でたくさんの確認をさせてもらって…

そこで、私の時は一度止まった。

「次の変化の為に必要な空白」

この「空白」が、終わればきっとまた忙しくなる。

本来なら
ここで、連載が終わるはずだった。

ところが
続きができた。

そう思って「空白」を楽しんでいたのに…

そこから2年半を経て、止まった時間が動きだした。

この連載を始めたのが引金になって
結果、動かしてしまった。

もう少し「空白」の中の余韻に浸っていたかった。

次の扉が来た。

これを開けて進むための思考が始まった。

私はこれからもきっと

自分が想いも寄らないところから
問題が提起され
たくさんの人たちに支えられ、教えられ

都度、たくさんの事に思考して

それを形にして
必要な人たちの所へ届けて

そうして生きてゆくのだろう。

「自分の為の人生」と思っていた人生は
どうやら、自分の物では無かったらしい。

そうして、

私はまた進化する。

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