美術展と芸術家への一歩 後編

 「自分の一番好きなもの」

「自分が出来る技術」

ここの違いに気づいてから
「自分の好きなもの」へ切り替えた。

何もイコールでなくてもいいんだ。


世の中
白と黒以外にも色があるように
必ずしもイコールにならなくてもいい事もあるんだ。


そんな当たり前の事。
そんな些細なこと。

見る角度をほんのちょっと変えただけで
それらを日々の中で
見失っていった自分に気づいた。



この自覚こそが
何より難題で
とてつもなく偉大だった。



そして、

それからは面白いように
創るのが楽しくなった。


私でしか出せない世界観を

そこに私が創る意味を持ち
昨年の個展で
作品に共感して下さった皆様の暖かいお言葉が

今後への創作意欲に変換された。


「技術が高く見えるもの」

「作品として人を引き付けるもの」

これもイコールにならない。

荒削りであっても
面白みがあればいいのだ。



技術を上げていくことは
習練していくことである程度は身に付くが
自己表現の世界は別だと思った。

心で許可が下りないと
スムーズな作業ができない。


どんなに技術を上げても
技術的に高度であっても

技術と言う傘の中でおさまっていては
「きれいだね」で終わると思う。


自分がステンドを作っている上で
自分の「創作ジャンル」が見つからずに悩んだこともあった。

「パネル」「ランプ」「テラリウム」
何でも作ると言うのは
いいようで微妙なもんだ。

どれも本職ではないって事?



そして気づいた。

ステンドの世界の中で
ジャンルはいろいろあるけれど
自分が一番しっくりくるのは

「自己表現」 なんだと。



既存のジャンルの中に分類しようと思うから
悩むことになる。


自分が既存のジャンルの中に
居ない事に気付いたとき

「なるほど~♪」 と思った。



そんなジャンルの人間が
ここに一人ぐらいいてもいいだろう。

素晴らしいものを作る人は
世の中たくさんいる。

でも、

私の作るものは
私しか創れない。


こんな簡単な事に気づくのに
ものすごく時間がかかった。


それでいいんだ。



そしてその中にこそ
自由な個性が現れ
自身の世界観がのびのびと表現される。

その上で
技術を習練すればいいし
満足すれば
そこで終わるのである。



自分を
既存のジャンルに当てはめてしまう事は
時には
自分を見失う事にもなりかねないんだと

既存のジャンルに
当てはまらなければ
自分でジャンルを作ればいいんだとか

そんな事を思ったり…


そんなこんなで

「作品」は自分にとって
自分自身と向き合ういいきっかけになったんだな

と思ったり…


ステンドが好きだからこそ
何でも作っていたステンドグラスは
それがゆえ、混乱を巻き起こし

それでもなお、

継続することにより
探していた答えにたどりついた。

そしてそれは、
びっくりするほど長く時間を要し
びっくりするほどシンプルな答だった。



「芸術家への道」として
このブログを立ち上げ

自分を
「芸術家とするのはおこがましいが…」
と意志表明した芸術家の卵は
約3年半掛けて
芸術家への「自覚」と言う一歩をようやく踏みしめ

これから先に待っている出来ごとを
楽しみにしながら
これからの創作活動に励んでいこうと思ったのだった。


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