見分け方 最終回
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いろいろな昔話を含めて話したが
物を創り始めた頃
「人は一人で生きていけるんだ」
そう頑なに思っていたことが有った。
しかし、自分の人生は、
自分一人の人生では無いのだと
最近 強く思う。
生きてる間 たくさんの人たちと出会い
いろんな事があり いろんな問題に直面する。
「夢」なんかを掲げたら
掲げてない人の倍も3倍も、問題が起こる。
いや何かに 「気付かされる」 と言うべきか?
言葉は悪いかもしれないが
夢を掲げてしまったが為に
犠牲や代償だとさえ、思えてしまう事が起こったり
人によっては ねたまれたりもするだろう。
数え上げたら切りが無い。
だからこそ
都度 解決して乗り越えなければ
「夢」にはたどりつかないばかりではなく
仕事はおろか、自分自身の維持さえ
困難を引き起こす場合も有る。
「夢」を掲げて
問題が起きて断念すれば
楽な自分に戻れるだろうし
「あきらめる理由」として申し分無い事も
たくさんあるだろう。
しかし「夢」には
たどりつけないで終わる。
実は その「夢」に向かって
別の角度から、道があることも有る。
道は、決してひとつではない。
進むも止めるも自由。
何にも かえがたい喜びや感動は
そこまで行った人間にしか
味わう事が出来ないし 感じる事が出来ない。
自分が一番 否定しつづけたはずの
暦や風水や各種のツールは
自分の歩んできた 人生そのものの流れと
実は ほとんど合致してくると言う
ヒニクな結果になったのだ(笑)
そしてこれからの人生
先に進むにあたって「自分」を開放しないと
行けない事に気付く。
私は思う。
私に限らずたくさんの人間は
生きている中で
少しづつ傷ついて
いつのまにか厚い殻を張って
本来の姿を 隠してしまってるだけなのかもしれない。
今、こう言う時代に
暦や風水などの手法が 流行すると言う事は
自力ではどうにもならない事が多い
嫌な世の中なのかも 知れない。
1度、厚く殻をかぶった人間が
本来の気持ちに 戻れる機会に恵まれるのが
いつの時期になるかは
人によって異なるのだろうし
気付く事が無い人も いるのかもしれない。
しかし
実は忘れたことにして
はるか、はるか昔に置いてきた
その笑顔の中に
今の問題点の
解決の糸口が有ったりするのではないかと…
そんな事を思ったり もする。
暦や風水や
統計が全てでは無い。
自分の歴史が
結果として
重なったと思えてしまう私でさえ
決して
「暦や敷かれたレールの上を歩いてる」とは
これっぽっちも思っていない。
生きる人の気持ちが一番大切で
その人が
「どうしたいか どうなりたいか」
それが大切で あくまでも
自分の人生、その人がどう生きるかである。
そして
自分を支えてくれてる人たちが
たくさんいる事を
決して忘れてはいけない。
そして
暦や風水だけでは 割り切れない事もある
と言う事を
解っておかなくてはいけないと思う。
解った上でツールとして
自分の人生と照らし合わせ
自分の向かいたい方向へ
あくまでも
自分の気持ちの上に
自分の進む方向の「見分け方」のひとつとして。
そして、私はこれからがスタートだろう。
今までの10年は
本当に準備の期間だった。
全てはこれからの為に
無くてはならなかった出来事。
山積みの問題を解決しながら
見なかったことにしてた問題は
あとからツケとなって
倍にも3倍にもなってのしかかった。
それでも それらを超えて
「夢」に向かってさらに1歩
踏み出す事に決めた私には
また、山のような問題が降ってきた(笑)
しかし、前の問題が解決してなければ
「どれもこなせない事は明らか」な事が
可笑しくなる。
だからまた、笑って超えて 進むだけである。
準備が整ったら
「次の階段の扉が開く」
開かれるべくして開かれたその扉の向こうへ。
あなたの扉は
もう、開いてるのかもしれない。
一足先に 扉の向こう側で
未来の芸術家さんたちを待っていよう。
いつか お会いできる その日迄。












