生きる事
人と出会えるタイミング
物を考えるタイミング
自分の思ってる事を
伝える事に必要な力
そして実行できるだけの体力。
それらが
かみ合わなければ
物事は
うまくいかないんだな~
と
実感。
「なぜ、今それを思う?」
そう思う事がある。
もともと、
私は
人生設計がきっちりしていた。
まぁ、
この商売を始めてから
まるっきり
その設計は
崩れた事は言うまでも無い。
こんなにも
自己表現が自由になる時代が来るとは
当時、考えられなかった。
まして
自分が
「芸術家」を意識するなど
あり得なかった。
しかし
世の中には
『絶対』は無いのだなぁ
と思う。
私は、昔
絵を描いていた時代がある。
当時
進路指導の先生と
自分の親に
「その程度の絵で食べていけるはずが無い」
言葉は違えど
そろって否定された事がある。
手に職を、学歴を
の時代だった。
まぁ、今となっては
私も、同じ立場なら同じ事を言うだろう。
完全否定してる訳では無いのであろう。
それが、明確に説明できない
自分がそこに居たからである。
それでは、どうにもならない。
それについて
もっと具体的に
勉強しろ
もしくは、
もっとしっかりした
道筋を説明しろ
と言った事なのだろう。
さながら「プレゼン」である。
相手に自分の
意志や主旨を伝える能力。
しかし、子供心にショックだった。
無理である。
そこまで具体的に
何も考えていなかった。
その手段を
教えて欲しかったから
その「無理であろう夢」を
一番身近な大人に
話したのである。
興奮すると
話す事が出来なくなる
自分に
否定された時点で
道は無くなる。
さらに、さかのぼる事
小学校の先生で
「私は、あなたの絵が好きよ」
と言って
図工室の壁面に
飾ってくださった先生も居た。
私にとって
いろんな意味で
この言葉は忘れられない。
当時小学校5年生である。
その先生は
きっと、覚えてないかも知れない。
それほど、些細なタイミングで
言っていただいた
しかし、私にとって
とても大切な言葉である。
そして、今
ちょっとした機会に
お礼状を
書いたりする時に
落書き程度に
絵を
描く。
そして
ソレを喜んでくれる人たちがある。
子供の頃の体験を
今、ようやっと
実行できる
力と
タイミングと
人に伝える為の
手段を得て
小学校の頃の
夢が
動き出したのである。
それは
絵ではなく
ステンドグラス
と言う物に形を変えて。
きっと
「今、それを思う」事に
重要な
意味があるのだろう
と感じながら。












