緊張の釈文
釈文を書くのが楽しかった。
先日、そう書きました。
「釈文」とは
美術展などに作品を出展するとき
時々記載を求められる解釈文のこと。
「この作品はどんな思いで作った」
とか
「何をイメージして作った」
とか
まぁ、
作った人の作った物への
解説見たいなもの。
出展するのは「作品」なので
この文自体は
審査の段階で必要になった場合読まれる。
書類選考のある公募展や美術展や
募集作品数に対して
たくさん応募があって
急遽、選考の参考にする
または、
審査が難航を極めた場合など
だから
必ず、
人が見ると言う訳でもなかったりする。
作品が素晴らしければ
文句なしで
釈文を見てる場合ではない(笑)
そんな釈文。
初めて美術展に出展するとき
自分の作った作品の解説をした。
なぜ、こんな配色なのか、形なのか、
そのすべてに込められた意味。
自分の作品への想いを書く。
かなり
恥ずかしい心の内。
大真面目に壮大な事を語る
当時若干27歳。
だって、はたから見たら
何でこの形が
この意味なんだか
わかんない。
私の釈文なんて正直そんなもの。
でも、
ソコをイメージして作ったんだから
間違ってはいないんだけど
なんだか、恥ずかしくて
人には言えない…(当時は)
作品のタイトルだって
つけるの大変だったけど
それって、表向きで
それを言葉に出せないだけ。
人には声にして言えないだけ。
実は
作ってる最中からイメージって
ある。
多分、私だけではないはず。
物を作ってる人の中には
大なり小なりイメージがある。
こんなこと言ったら笑われるかな?
とか、
そんな感じで言えない。
違うかな?
ところが釈文って
言葉に出さないで
自分の思ってる事を文字にするので
案外
素直に思ってる事が
書けてしまうのでした。












