「落ち着いた」心の中の風景 2
週末は
お里帰りで仙台に戻っていらした方たちが
元生徒さんやお客様が
工房に立ち寄って下さったり
にぎやかで楽しい工房となりました。
いいですね~。
こういうの♪
嬉しい がらすやでございます。
さてお話の
つづき。
【限界とゆとり】が一番苦労した訳。
それは、
自分で自分が認められないこと。
まだ、まだ!と頑張り癖が抜けないこと。
小心者なこと。
そしてそれらを「認めたくない」こと。
ココがポイントなんですけどね、
頭でわかっていても
感情がついてこないことって
有るんですよね。
物を作るなんて行為は、
バリバリ自己主張しておいて
結局、
自己主張するの怖いんです。
私、みんなに好かれたい♪(笑)
でも、これって
ダメなんですよ、うん。
自分で思う。
表現者として致命的。
だって、みんなに好かれる
宙ぶらりんって
結局、魅力がない。
わかってます。
わかってますって!
でも、認められないんです。
怖いんです。
全部を表現して
まわりが壊れていくの…。
これをやったりしたら
「わ~×××」って
思われちゃうかな?
「こわ~×××」って
思われるかも。
とかって
結構自信なげ。
その癖、
自分のセンスに
根拠のない絶対的自信。
自分から見て
自分の好きなものを出すことの
対外的不安。
そのくせ、
自分はセンスいいって思ってるから
この精神的な事が
いろんな形で
自分にのしかかって
具体的に歪んだ
現実に対しての格闘。
今となっては
なんで、あんなに苦しんだのか分からない(笑)
すごく些細なこと。
でもね、
やっぱり本人は大変。
生意気なだけで終わりたくないので
結果を、結果をと
自分を置き去りにした結果。
もがいた分だけ
歪みは大きく、
結果、五段階の調整になったのです。
もっと、簡単に受け入れられれば
もっと簡単だっただろうに。
そして、
どんどん、自分の本質へと向かう。
自分が何で物を作ってるのか。
そして
「作る」 から 「創る」 ことへ変化し
それらの意味を自覚する。
やりたい事がたくさんあって
いろいろ出来るのは
とても素敵なことだけれど
多分、
一定のところで頭打ち。
本気でやってる人間にはかなわない。
頑張ることには段階があり
この段階での頑張りは限界。
何かを超えたその先で
もう一回 0から頑張り直しなはず。
その間で
自分を見つめなおす
そんな自問自答は
物作りの私を
芸術家へ向けて
ターゲットを絞ることを
余儀なくし
私は可能なあらゆるものを
手放したのでした。
つづく












