ラーハウザー記念礼拝堂3

こんなに長くなるとは思っていなかったのに
シリーズになってしまった…これが最終章(笑)

さて…

ステンドを始めた時には
「教会のステンド」はすべてが同じ物に見え
まるで興味がなかった私が
なぜ「教会のステンド」を知らずしては
ステンドの奥深いところには
たどり着けないと『思ってしまった』のだろうか?

正直、自分でも分からないが
きっと、これにも意味がある事なのだろうと
今はただただ
教会をめぐるのだ。

ここ何年か教会を回っている。

ステンドグラスの作り手として見て回るので
宗派などは気にせず
だいたい気分で
飛び込み見学なのである。

教会や礼拝堂は
扉を開けると石造りの建物の造りが多いせいか
空気感が違う。

ラーハウザー記念礼拝堂もそうだった。

どちらかと言うと
信仰心が強くある方では無い。

それでも
担当の方がドアを開けて下さった時
一礼せずには入れなかった。

ステンドグラスの見える位置まで進むと
全身に震えが走った。

冷静にステンドグラスを見れば
「ここはこういう技術を使っているのか」とか
「絵付けの色はこうも鮮やかに時代を超えるのか」とか
「1ブロックはこの位の大きさが連結されてるんだ」などと
思えるのだが
正直、どうでもよくなってしまう。

宗教画だからだろうか?
不思議な感覚である。

これから
たくさんの教会を回り続けたら
何か分かるのだろうか?
いや、きっと
それすらもどうでもいいような気に
させられてしまうような感じがする。

4~5年前から見たいと思っていて
やっと見る事の出来たステンドグラス。

肌で感じる事ができて
本当によかった。

きっとまたどこかの教会で
「ステンドの仕事に携わっている者ですが…」と
管理棟を訪ねることだろう。

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