価値観と十人十色

先日、夜通し 『価値観』 について
語り合う機会がありました。

お付き合いいただいてる
たくさんの知人やお友達の中で
より自分の近くにいる人たちは

『自分の価値観と人の価値観とを別に併せ持つ』

そういう方たちが多くいらっしゃいます。

そしてその方たちは
相手の事を考えるからこそ
相手の気持ちを第一優先にして
相手を見守ります。

このことは私も
常に意識におくようにしてますが
実際は難しいですね。

そんな事を夜通し語り合ったのです。

昔私はどちらかと言うと
「自分が~」「普通は~」と言うタイプでしたね。
わからないことにもうなずき
わ~いわ~い!とやたら手をつないで共感し
共同体みたいになる。
「ふつうは○×△だよね~」「うんうん」
みたいな感じですね。
正直、楽ですから(笑)

しかし人と出会う機会が増えて
いろんな人たちから
お話を聞かせてもらえるようになってからと言うもの
「自分」や「ふつう」が
何なのかわからなくなってきました。

自分が「普通」だと思ってたものや
自分の経験が普通だとは限らないことを
認識していくから。

平凡だと、
普通だと思っていた自分すら
案外普通では無かったりするみたいで
友達に
「ヘビーな人生送ってるね」と言われた時には
自分のお気楽な感情と
人から見える印象
そのギャップに
笑ったりしたこともありました。

人は

さまざまな環境で
さまざまな事を感じ

さまざまな思いをしながら生きてるので
丸い物を「丸」だとは言い切れない。

円柱は上から見たら丸でも
横から見ると「四角」と言う事もありえる。

しかし
円錐は上から見たら丸でも
横から見ると「三角」と言う事になる。

さらに
球は上から見たら丸だけど
横から見ても「丸」になり

上から見て「丸」でも
横からみたら砂時計のような
「中央のくぼんだ柱」
そんな事だってあり得るのである。

これらは同じ様な「丸」の話だけど
完全に同じものでは無いと言うお話。

だからこそ
いろいろの秤は何本か持った上で
いろんな方向から考え見るのです。

これを私の周りの人たちは
出来てるように見え
何本かの秤をいくつか持つ事ができていて
相手を思える深さを備えている。

なんて素敵なことでしょう。
だからこそ
共感し、自分もそうありたいと思うのです。

理想や理屈はあくまでも
理想や理屈です。

私の知人たちにはそれを見据え
現状に立ち向かって
前進する気持の強さ
生きていく強さをを感じます。

そして
秤を何本も持つ事が出来ているからこそ
相手の気持ちを受け入れつつ
そして自分をしっかり持っている。

人が話を
しやすい状況を用意する事ができる
優しさがある。

あなたの心は
あなたに何か話しかけていませんか?

『自分の気持ち』

心が叫んだときは
どうか、耳を傾けてあげて下さいね。

そして
誰かとたくさん話して下さいね。

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