作るとは。

物を作るとは

私にとって
とても大切な事だと

思うようになって来た。

小さい頃から
「作る」と言う事が
大好きだった。

しかし、

最近は

作りたくて
うずうず するようになった。

今までの
経験や技術を
駆使して作る。

だからこそ

きっと

作る事が
生きざまだと
言う人が居るのかもしれない。

そこには

その時代
感じた事、考える事が出るのだと

または、

自分の考える所とは違う
素晴らしい物が出来る。

そんな事もある。

作品には
釈文を付ける事がよくある。

「この作品はどんなイメージでお作りになったのですか?」

と取材記者から聞かれる事もある。

自分が、
作っているはずなのに

出来あがった時

デザインや
材質の全てが
変わってる事がまれにある。

だって…
涌き出るのだから仕方ない。

あ…

これは

作品を作る事に限ってである。
注文製作で
これをやったら
仕事にならない。

仕事は仕事である。

念の為。

で、涌き出た作品には

釈文はつけがたい。

それは
出来あがって
緊張を解いたとき

あ…?!

ってな具合で、完成している。

そう、完成しているので
本人は
釈文に困るのである。

そうしてできた物は

何年経ってから見ても
とてつもない
存在感を持つ。

これから先

いったいいくつの

そんな
作品に出会えるのだろう

そして私は

その為に
「ガラスだけ」にはこだわっていない。

ステンドグラス屋なので

今1番
自分の思いを
形にしやすい技術の
ひとつだと考えている。

いや、
ステンド以外の事に
変化していく訳ではない。

ステンドの表現の
一環として

それらを生かすため
全てと
融合させていく事が出来ればと

それが、金属であれ
木材であれ

自然であれ

そんな、企みが

ふつふつと湧きあがる。

ものすごく
人生が短く感じる瞬間である。

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