新年の目標について思う

 毎年この年明け時期になると
「今年の目標は」と
当教室技術クラスの人たちに
書いて提出してもらっている。

これが
面白いもので
一年たって
また新しい年になってくると

「前回は何を書いたかな?」と
前年度までの目標を読み返す。

すると
「この頃はこんな事を思ってたんだ!」と
一年前の事に感心したり

「この目標は、達成!」とか

「この目標は、まだ継続中だから今年も」などと
決意新たに
また今年の目標に書くとか

さまざまだ。


そして

一年の間に
その人の転換期となる時期が挟むと
180°やる事が
やらなきゃいけない事が変わる。

場合によっては
360°変わるのである。

360°変わったら同じだろう?
って思うかもしれないが
これが、
同じではないので念のため。




私はこの変化の時期に立ち会えるのが嬉しい。




「目標」は立てたら
必ず実行しなくてはいけないものでは
ないと思う。

必要のなくなった目標は
意味が薄くなると思う。


やって無駄だとまでは思わないけど
余裕があるときに
経験の足しに
やってみるくらいでいいと思う。


それなら

もっと柔軟に
その時やって来た
次の目標を目指せばいい。



人にはある日突然
ドラマチックに転換期がやって来る。


ものすごく些細なことが
とんでもなく人生を左右する
こともある。


実際、
それを感じて今まで生きてきたし

私の周りでは
いいも、悪いも、
たくさんのドラマチックな展開を
見守る機会に多く遭遇する。


そんな事を
たくさん見てるから


だからこそ

「人はすごい」と思え
「想い」や「願い」は力だと思ってしまう。


「気持だよ、気持ち」とよく言うと

中には
気持なんか「所詮気持ちだよ」


感じてる人も
たくさんいるのもわかる。


でもね

やっぱり「気持ち」からだよ。



悩むことは糧となり
考えることは探求になり
行動をすることは推進力となり

人は前に進むんだね。


悩んでも
止まっても
目標が達成されてなくっても

それは

それでも止まらなければ
いつか達成する。


悩んでも
何かしら進めば
何かが見つかる。

見つからなかったら
もっと探せばいい。


探しても見つからないなら
探す角度を変えればいい。


だから大丈夫。



「いつか、叶えばいい」
「一生、叶わないかも」

って

私にはそんな目標があったけど
もう少しで手が届きそうだ。

いや?
届くための第一歩に手が届く
って言っておこうか

それを
踏み出せそうだ。

ここまで
27年かかった。

いや?
かけた訳ではないか。


なれたらいいな~っていう
子供の頃の夢見た形。


なんとなく望んで
27年目で第一歩を踏むところまできた。


これを長かったと、とるか
あっという間と、とるか



何にせよ
止まらなかったから
達成にまた一歩近づいた
と言うだけで。


そして今年は
自分で目標をたてるというよりは

目標が
向こうからやってきた。

いい感じだ♪
27年越し。

素敵だ♪



目標が叶わなかった時

それでも叶えたいか
次の新しい展開を考えるか

自分が何を望んでいるか
それを考える
基準なのかもしれない。



だから
昔の的外れな目標が出てきても
それが自分の歴史だと
とても
愛おしく思えたりする。



目標なんて
そんな感じなのかなって


思った。


現在、

目標を書いている
技術クラスのみんなの目標も

いつか出会う未来の
歴史の記録として

みんなの心を
愛おしい気持ちで
満たすときがくるのかもしれない。

 

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