解体と想いを馳せることと、時代という時の上で

先日、建て替えのため
解体が決まった
友人のお宅へ伺って
窓ガラスを頂いてまいりました。
この畳の色の違いが
時間の流れを感じさせ
ノスタルジーな気分にさせてくれます。
さて、
この窓ガラスの解体作業というのは
業務の中にある訳では無いのですが
日程が合えば
伺ったりしておりました。
前にも別件で解体作業に行きましたが
この「解体」という作業
やっぱり楽しいから好き♪
昔の窓ガラスって
今の板ガラスと
テクスチャーが違っているから
新しく仕入れる事が
出来ないケースが多いのです。
今回は
家の中で使われていた
扉に入っているガラスを頂く事にしまして
解体してまいりました。
窓ガラスを受けている
昔の扉枠は
一か所きれいに外れるところがあって
そこを外すと
スルスルとみんな外せるんですけど
ガラスを外しながら
その木枠を作った職人さんの腕に
毎度感動させられます♪
いい加減であるようで
精巧にできていて
外しているだけでも面白い♪
「いいかげん」と言うのは
まったくもってよく言った物で
こういう時に
『いい加減』→「合わせ無くてもいい」とか「テキト-」
の意味ではなく
『良い加減』→「程良い絶妙な加減に合わせてある」
という意味なのだと
実感させられます。
技術と言うのは
こういう見えないところにあってこそ
技術なのですね。
「職人技」カッコイイです。
私が今でも
職人さんにあこがれる理由は
この粋なカッコよさ。
気付く人しか気付かない
しかしながら
それがなければ成立しないカラクリ。
しかも
それらは熟練した腕からのみ
繰り出される。
う~ん、素敵です♪
「作る」人は
「解体(バラ)して覚えろ」とは
よく言ったものです。
作れないとバラせません。
作れても
加減を知らないと
壊す事になってバラせません。
この違いが
たまらなく好きです。
だから、
窓ガラスの解体に行くコトは
私にとって
とっても刺激になるのです。
技術は
時代を越えていても
人から直接教わらなくても
その気になれば感じる事が出来
こうして
身を持って
いろんな経験を積ませてもらえることで
若い人間が
昔の技術に思いを馳せることで
学ぶ事が多いのだと思います。
たくさん失敗をしてもいいんです。
100回失敗しても
101回目で成功すれば
それでいいんだと思ってます。
だいたいの場合は
そこまで
気が持たない事が多いのでしょうけれど
その100目と101回目の
1回分に全ての意味があると思ってます。
失敗のまま終わらなければ
何かが残ります。
私の窓外しも
専門外ではありますが
最近は壊さなくても
きれいに外せるようになってきました。
さすがに
100回も挑戦はしてませんが(笑)
職人級の腕と
アーティスト級のこだわりを持った
そんな芸術家になりたいな
って
解体をしながら
想いを新たにしてまいりました。












