「無心」で作る作品に付いて 4

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このお話しの一番初め

その時は【本能】に従って
気持ちいほど
製作に夢中になった。

DVC00047.jpg

その後、
物が作れないほど疲弊した。

達成感と、完成度の高さに
他人事のように感心しながら

とにかく身体はぐったりだ。

その後、
そういった経験は
次の美術展出展向けに作品を作りだすまで
経験する事は無かった。

あとから気付いたのだか…

『カッコよく見える』線のラインを探ったり
ガラスの色に『こだわってみた』り
「限られた時間の中で
作れる物を作らなければならない」とか

そう言うのは
つまり自分の【欲】であって
本能とは
違うところに在るらしい。

【空っぽ】

と言う状態が
本能が
むき出しになった状態なのかもしれないし
もしかして
集中した状態なのかもしれないし

本来の私自身だったのかもしれない。

この経験をした後

生徒さんの前での
「創作による製作」の作業の一切を
自粛するようにした。

それは
あまりにも豹変する私の人格を
受け入れきれない人だっているはず
と考えたからだ。

作業中

なんとも人に
お見せできるような姿ではなくなる…

作品には
その都度テーマがある。

気付いていれば、
陰陽の対比をテーマにすることが多く
ネガティブ&ポジティブなのだ。

つまり、

その作品が
ネガティブを多めにテーマに組んであれば
製作過程で
私自身もがっちり落ちる。

コンプレックスの塊と自虐がメインだ。

ポジティブを多めにテーマに組むと
時には他者を攻撃しかねない。

届かない声を張り上げ訴える。

今現在は

ネガティブでも
自分を愛おしく思えるから
近年はコンプレックスや自虐のテーマは扱っていないし

ポジティブでも
他者を攻撃するようなポジティブにはなってない。

昔はとんがっていた。
この10年で私も随分成長した。

この

作品の制作を堺に
作品は自分で作るのではなく
生れてくる作品に
『作らせられるもの』なんだと感じ

作品は
経験年数や、
技術で作るより以前に

本能や本質、
自分の核となる部分で
素直に作る物であって

ソコの伝達がスムーズにいくと
作品はひとりでに形を成し
他者に語りかける事が出来る作品が
生まれてゆくんだ

と強く感じたのだ。

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