歯車の組み換え・対話50
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歯車の組み換え・序章(1~13)
歯車の組み換え・発想の真(14~26)
歯車の組み換え・気付かぬ警告(27~38)
歯車の組み換え・対話(39~)現在進行中
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「善と悪」
または「道徳観念」とか
「モラル」とか
そういうのに
直結してくる。
そう思って
ちょっと納得した節があった。
それはこの
「思えば現実化へ向かう」という考え方を
今の時期に
納得して受け入ることができ
私の中の
私自身がその事に気付いたというコト。
現在の私には
【自分の中に『自分自身基準の判断基準』が出来た】
と言うことなのだ。
こういうのって
本来
もともとあったりする。
「善と悪」とか
「道徳概念」とか
見方をちょっと変えてみると
「悪い事をしちゃいけません」とかは
悪い事をしちゃいけないよって
『言われる』からしない
のか
何が悪い事なのか
『分かっている』からしない
のか
同じようでいて
意味は全然違う。
全ての基準は人の数だけある。
立場がかわれば基準も変わる。
別にいまさら自分自身の中に
自分基準の判断基準を立てなくても
いいんだけど
建っちゃった。
いや…待て?
建ってはいたんだよな、ちょっと前から。
あ、そんな記事が在りました。












