歯車の組み換え・対話45
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『その『』に入ってるのを発信してるのだって
私だってばさ♪』
ってことなんです。
以前、
【「好き」というシンプル】と言う記事を書いた時
~多少盲目的になると頑張れるのかな?~
というコメントを頂いた時
「この辺のことは、いつか記事でアップしますね。」
と
お返事させていただいたことが
ありましたが
基本的に私の全ての考え方に
この
「歯車の組み換え」
と
時折出てくる
「もう一人の私、ソレの存在」
が
大なり小なり在るために
一口でお返事できませんでした。
つまり
これらの考え方が
自分の中でスムーズにまわりだすと
全てが現実として
自分の中に入ってきて
それに対して
その時の自分にできる
必要な行動をとればいい。
という、
非常にシンプルな
発想が出来るように
なってしまったのです。
そして当時は
こんなにスムーズに活字には
出来なかったでしょう。
スムーズと言っても
ブログ始まって以来の
長編大作でありますが…
この記事を読み返してみると
確かに、私は
外から見てると
~盲目的~にも
見えるのかもしれないですね。
もしくは
本気で楽天的といいますか、
情熱的とか
マイペースとも言えるかな
間違うと
他の事はなんにも見えて無い
とかね(笑)
しかし、決して
盲目的が故に「好き」だと
言えている訳でも無かったりするのです。
直情的な事は自覚があるし
マイペースも自覚がある。
しかしながら
非常に冷静、客観的なところも持ち
いい面と悪い面との両方を知った上で
「好き」なのだ。
そしてその中で
バランスを取りながら生きている。
いつか、なにかで
「私の中には真逆の二つの時の流れが存在する」と
いった事を書いた記憶があるが
私には
右と左、上と下、白と黒、など
極端な対象物が
同時進行する。
これが難儀だった。
自分の意志で収拾が
つかなかったからだ。
自分のその時の気分で
同じ内容の事が
超ポジティブにも
超ネガティブにも働くからだ。
この時点では
自分の意識をコントロール出来てないのだ。
これも私の思考を
こんがらかした要因の一つでもあったりする。
そして
組みかえられ
『その『』に入ってるのを発信してるのだって
私だってば』って話し出す
ソレと対話をしながら
それらの対局する
極端な対象物が同時進行することさえ
受け入れられてしまうコトになった。
すべては
ただそこに
「私の中には真逆の二つの時の流れが存在する」
という事だけが事実で
『自分の意識をコントロール出来てないのだ。』
などと考えている事自体が
不必要なことなのだ。












