歯車の組み換え・気付かぬ警告35
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歯車の組み換え・序章(1~13)
歯車の組み換え・発想の真(14~26)
歯車の組み換え・気付かぬ警告(27~)現在進行中
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こうして
たくさんの話をしているようだが
全ての話が
時間を超えて一連する。
劣等感の塊は
子供の頃の話までさかのぼる。
そして
そこで認められなかった事が
たくさんの経験をすることで
現在となれば
受け入れるようになったり
許せるようになったり
そして
新たな扉が開くのだ。
子供のころの話が
人生半ばにして受け入れられるというのも
本当に気の長い話だ。
正確に言うと
子供の頃はそれはそれで
個々の問題に納得して解決してるのだ。
だから、
その時点では
それで問題ないのだが
現在になってから
覚えてもいないソレが
フラッシュバックして
「本当に許せた」と思いだすのである。
つまり
「許せた」「受け入れた」と
『思い込んでいただ』けで
実は
本当にそれに納得したのは
現在だ…と言う事なのだ。
「無二だ」
そう気付くと
今までの疑問や疑念が
いとも簡単に消えてゆく。
それが私にとって
数年前から開き始めたために
目まぐるしく変わっていく。
そして
望むとおりになっていくようになる…
もっと言えば
自分の知らなかった自分が
本当に望んでいるも物が何かに
気付いてしまう。
そんな過程を経て
自分の今までを振り返ると
「その結果を呼ぶのは自分自身なんだよ」と
ソコにも
気付いてしまう。
そして
もしや?っと
【気付かぬ警告】は
自分の進む道がおかしな方向に行っている事を
本人が気付くまで
発信され続ける。
「ソコに気付いたこと」に
気付いてしまう。
この感覚が不思議なのだが
自分が
自分の意志で
探してる物に対して気付く時は
「気付いた!」
となるのだが
こういう時の「気付いた」は
探してるようで
自分の意識は違うものを探してるから
ひょんなことで
まるっきり違う方向から
気付いてしまうため
『あ!…もしかしてコレってこういうコト?
ん?…気付かなきゃよかった?
あれ?私ってば気付いちゃったんじゃない?』
ってなかんじで
「気付いた事自体」に
疑問符だらけとなる。
そしてその後
「〇#△%◇※*…((+_+))」
と頭を抱える事が
私のお決まりのパターンらしい(笑)
最近
それにも慣れてきて
頭を抱えたら
解決が近いパターンな訳なので
「〇#△%◇※*…((+_+))」
のあとに
「…………(* ̄ー ̄*)ニヤリッ♪」
と素直に
進むようにすることにした。












