歯車の組み換え21
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歯車の組み換え・序章(1~13)
歯車の組み換え・発想の真(14~19)現在連載中
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でも「ひらめいた☆」のだ。
この場合
こっそり『でも』がキーワードになってくる。
私の場合 「ひらめいた☆」 とは
残念ながら
ならないのである。
「『でも』ひらめいた」 なのだ。
ひらめきは大切だ。
突然ひらめく事は誰にでもある。
このひらめいを信じてあげられるかどうかは
自分次第なのだ。
もちろん、
ひらめき全てが上手く行くなら
世の中そんな楽なことはないし
別な言い方をすれば
全ての人で「ひらめいた」をやっていたら
世の中
秩序と言うものがおかしくなるし
わがままも
悪事もまかり通ってしまう。
そこは、
やっぱり違うのだ。
わがままはやっぱりわがままだし
悪い事はやっぱり悪いのだ。
この判断を
自分のフィルターを通して
実行していいことかどうかを
ちゃんと自分の心で判断して
進んでいかなくてはならない。
あたりまえのことだ。
ところが
自分を信じてあげたれないと
そのフィルターが混乱する。
「いいこと」と「悪い事」ということは
比較的基準がはっきりしてるからまだいい。
でも、もっとあいまいな決断
たとえば
ランプを作るのに何色がいいかな~って
その程度だと
どっちでもいいのだ。
自分が良ければ他人には影響しない事だから
その人自身が納得のいく方法で決めればいい。
「私、赤が好きだから赤で作る~」
でもいいし
「○○ちゃんは、青が好きだから青でランプ作ってプレゼントする~」
でも、いい。
もちろん誰かにアドバイスを求めて
それを参考にきめたっていい。
ところがだ、
何色で作っていいか
迷いに迷ってしまった場合
最後に決めるのは自分なのに
どうにもならなくなる。
ここで「直感」が物を言う場合もある。
う~んと悩んだけど
「この色がいい!」っとなったら
それがいいだろうし
「最初に選んだ色がやっぱりいいわ」となれば
それでいいだろう。
そして
出来上がりが伴えば
この「直感」は当たったことになる。
そうして、
無意識的に
いろんな小さな事柄に
直感を発動して
生活をしている訳だ。
その結果どうなったかで
自分の直感の「精度」が体得される訳だ。
そして
「よく解らないけどコレ」とか
「なんとなくコレがいい」と言って
それで
本人が満足のいく結果が得られる人を
「感がいい」とか「感覚がいい」とか
そういうことになる。












