「落ち着いた」心の中の風景 完

「〇〇でなければいけない」

これは結構くせ者で
自分を見失うには充分だ。

私にはこの思いグセがある。

「〇〇でなければいけない」
「〇〇であたりまえ」
「一般的に〇〇」

など、
言いだしたらたくさん出てくる。


そして、
自分の「心」を辛くする。



ステンドはステンドだから
誰が作っても「ステンド」なんだと

気持ちのどこかでずっとそう思ってたけれど
実はそうでは無いようだ。

技術とは別なところに
その人の持ってる線でしか表現できないものがある。

常に私はそれを意識し

教室で教えてる時は
生徒さん達の線を無くしてしまわぬよう
自由に育っていくように意識する。

楽しむ時期があって
一生懸命やる時期があって
落ち込む時や悩む時もあって
そして成長を繰り返す。

技術も、「心」も一緒なんだなぁ。



「アナタはアナタ」とか
よく聞くけれど…

自分が自分を受け入れてないと
「あなた」が『どんな』だかわからないから
言葉だけが通り過ぎるけど

それがなんだか
解るようになってきた。


「私」は「私」 で 「あなた」は「あなた」だ。




例えば私が「先生」だから
「はんだ付けがきれい」なのではない。
先生である前に「私」である。

私が好きで作り続けていたら
結果としてきれいになっただけである。


「生徒」さんだから
下手だと言う事でもない。

習い始めてすぐ、
はんだ付けの上手な人もいるし
創作センスのある人もいる。

これはお世辞でも何でもない。

生徒さんである前に「あなた」である。
それは「あなた」が上手なだけなのだ。

20年やったから上達する訳でも
習い始めだから下手な訳でもない。

その人自身の事。


それまで、その人が見てきたものや
経験したことが
ステンドを通して現れる。

人と同じ経験をして生きている訳では無いから
同じ価値観にはならないし、同じ線も描かない。


そんな皆の作品を見てるのが
とても楽しい♪





「自分の志向」は自分の中だから
周りに訴えるものではない。
自分が自分のために作るもの。

そう、思っていたから

個展で周囲に「訴えかける」ために
作品の構成をした時から
会場にいらして下さった
たくさんの皆様からの声を聞くまで
いろんな不安が渦巻いていた。

皆さんの声を聞いて
コレを期待して待って下さってるんだと知った時

嬉しかったと同時に戸惑った。



自分の好きなものが
そのまま受け入れてもらえる感覚。

自分で「ダメ」だと思っていたコトが
「ダメ」では無かった事への照れくささ。

案外
「ダメ」だと思い込んでて「ダメ」ではないコトは
世の中多いのかもしれない。



個展が終わってから
しばらく、思考が停止した。



そして


太陽が昇り、陽は沈み
そして山の空気をたくさん感じて

「自分の好きな物」を「好き」と
打ち出して大丈夫だと理解ができた時

個展終了後の興奮と余韻が
引いて行くのと入れ替わりで
心の風景にある森が開けたのだ。



改めて周りを見渡したら
周りには森のようなたくさんの木は無く
緑の大地と
澄んだ青い空が見えた気がしたのです。



最近は
前よりまして、穏やかな気持ちです。





あとがき

なんだか、終わらないかと思った(笑)
書きたいことはたくさんあって
なんだか、話は難しくなって行っちゃうし
自分でも何が何だか…(^^ゞ

でもきっと

人って人生のうちで何回か
生まれ変わるんじゃないかなって
思えるような
そんな体験でした。


個展天晴♪






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