「無心」で作る作品に付いて 5
『疲弊した。』と同時に
自分は『器』だ。
と強く痛感する事になった。
「デザインが降りてくる」という言い方を
よくするのだが
この時は
「降りてくる」という一瞬の事では無くて
どこからか
パイプが私の頭に刺さって
そこから「作る気」がガンガン流れてくる。
そして
作り終わったところで
スポン!とパイプが抜けてゆく感覚。
作らされている感覚。
そして
出来上がった物の完成度の高さ。
デザイン、技術、自己満足度、
どれをとっても
満足だ。
そして
これはもう二度と作れない。
なぜなら図面が無い…。
正確に言うと
図面は前のデザインが入ってあって
製作途中で
気の向くままにガラスをカットして
完成させたからだ。
技術的にも
ステンドの立体組み立てを分かっている人が見ると
一人の身体で
この大きさのこれを
どうして組み立てた?
という取扱注意の
恐ろしい配置になっている。
だからこそ
素敵に出来たのだか
今はもう
やりたくない(笑)
物を作る人間は
『満足のゆく作品が出来たところで終わる。』
とか
『一生満足のゆく物など出来ない』
とか言うが
私の場合
この作品に満足しただけであって
やりたい事は
その後時間が経ってもまだまだある。












