現在を生きているのに「未来」を生きていた。
ちょっとしたきっかけでも
人は生まれ変わる事が出来るんだ。
生きていても
生まれ変われるんだ。
そして
そんなチャンスは
気付かないだけで
あちこちに有るんだ。
そう思えたのがいつだったか…
もう忘れるほど昔。
現在となっては
本人が希望して「生まれ変われる」のは
チャンスといえるかもしれないが
本人が望まざるとして
「生まれ変わる」場合がある事も知った。
それを
「成長」として
捉えられるようになるのは
そこからまた
しばらく後の事。
話を戻して
私は
「将来に不自由ないように」と
そう言われて育ってきた。
その時の
時代背景があったり
きっと
そんな事もあったりするのだろうが
「将来の為」勉強をする。
「将来の為」に頑張る。
「将来の為」に就職をする。
「将来の為」に素敵な結婚をして
「将来」何があってもいいように貯金をして…
ところが
その事自体が私に
『不自由』を強いた。
勉強は
したい人がすればいいのでは?
頑張りたい人は
頑張りたい事を頑張ればいい。
就職をする事自体がすでに「将来」だった頃に
将来のための就職って解る由もなく
結婚って
好きな人と一緒に居たいから結婚するのでは?
何があってもいいように貯金って
将来何が起こるの?
当時の自分の頭では
答えが出ず
面倒くさくなった自分は
「丸投げ」した。
そして「逃げ出した」
「感情捨てた」事もあった。
ハサミで
ちょきん☆と切りとって捨てた。
【将来ってなんだ??】
そんな事
誰でもあると思うし
有った過去を生きてきた方も
たくさんいる事だろう。
「大人の事情」ってヤツも
だいぶ知った。
そして
最近になって解った。
当時私は
「将来」に囚われて
現在を生きながら未来を生きていた。
現在の自分の行動全てが
「未来」を考えた上での行動。
将来や未来を「見て」生きる事と
未来に『囚われて』生きる事は
全く違っていた。












