だからこそ その時必要な『気』の状態で創作をしたいのです。
先日
最近気になる『気』と【気分転換】の真意
という記事と
『気』のいい場所と利便性の狭間で
と言う記事を書いたからこそ
思うのですが
今まで
無意識で、または本能で
自分でもよく解らずに
制作に波がありました。
その理由が『気』だと解りました。

私にとって
『気』と言うのは
大事だったんです。
物を作る上で
それが必要な人の元へ届くように
それがその人が喜んでもらえますようにと
願を込めて
ひとつひとつ作るようにしています。
だから
自分の「気」持ちが安定しない時は
いいものを作れないので
作らない。
そうして
制作にムラが出来てきたのですね。
そこまで
自分の「気」を意識するには
使い方を間違ったら大変って
そんな事を思わせる
それまでの経験がありました。
無意識で行うというコトは
当たり前ですが
本人に意識無いですからね(笑)
良し悪しの判断以前の問題です。
ちょっと子供の頃の話ですが
私にとって
「ゲンを担ぐ」事や「おまじない」は
子供の頃から日常でした。
お正月のしきたりから
お盆の送り火まで
いつしかやらなくなったけど
当たり前の生活だった。
そして
子供の頃に
「占い」「おまじない」が流行だったから
今ほど
スピリチュアルな時代では無かったけど
特に抵抗は無かったし
これって、
私の周りだけだった訳ではないはず。
私ぐらいの世代の人は
流行の一つとして盛り上がっていました。
そんな流れで
普通に本屋さんから
おまじないの本が買えたりして。
そうして私が読んだ
おまじないの本に
『嫌なお客さんが帰る方法』
っていう
今思えば
恐ろしいものがありました。
手順が簡単だったので
子供心にやってみたところ
それは、それは
みごとに
帰っていただきました(笑)
あ!
今はこの方法は
今は特に使ってませんので
ご来訪の皆様ご安心くださいませ(笑)
そして
これらのおまじないは
どちらかと言うと
方向が良くない方向へのベクトルへ向かうのですよ。
子供心に
面白がってはいい類いのものでは
無かったのでしょうね。
でも、当時子供ですから
解りません。
こっそりやってるから
誰にも聞けません(笑)
でも、思った通りになるので
面白いから興味がわく。
これ、
今だと解るんですけど
「『気』の使い」なんですよね。
編み物なんかで
「自分の髪の毛を編み込んだ
プレゼントを渡すと
両想いになれる」とか
私が子供のころの
あまりにも有名なおまじないだったんですけど
それは
もらった方もいろんな意味で
気持ち悪い訳で
それは
その時代の私でも
分別付いてましたが(笑)
『気』の類でも
この手のおまじないは
あまりお勧めできないのです。
「おまじない」というと聞こえはいいけど
どちらかと言うと
「念」とか「呪」の類いです。
先のおまじないの
『嫌なお客さんが帰る方法』も
どちらかと言うと「陰」の方向で
おまじないをした方も
された方も
気持ちのいいものではないのですよ、本来。
そこが当時の私の場合
子供ですから
その方法で効果があるから
素直に
面白がったんですけど。
途中から
自分で自分が怖くなるんです。
自分で
無意識に『危ない』と判断して
それっきり
「おまじない」の類いを
止めましたけど。
「止めてくれてよかったよ、当時の自分」
って
本当に思います。
危険な子が
出来上がるトコロでした(笑)
「おまじない」や「ゲン担ぎ」などは
本来
『自分』に対して使う物であって
人の気持ちを変える為に
使っていいものではないのですね。
私が子供の頃、
面白がっていたのは
『人の気持ちを変える』類いのおまじない。
これは
失敗すると
「自分に跳ね返ってくる」類いのもの。
本来
人は人に対して
「変ってほしい」と
願をかけても
相手は決して変わらないどころか
いい事は
生まれてこないのだと思います。
その
ひとつひとつの良し悪しのその線引きが
あいまいで
私にはよく解らないところが多く
微妙なところで
判断が付かない事が多かったのです。
その違いは、
歯車の組み換え・対話56最終話
を経験して解りました。
それまでの意識とは
まるっきり違う角度で
物事を見る事が出来てからは
ものすごく簡単な事だったんだと
解りました。
特に私の場合
どうしても「陰」に触れる機会が多く
こっそりと「陰」に興味もあったりするから
「陰」に引っ張られる事も多く
自分の中に在る
「気持ち」が左右する事に気付いてからは
ますます
意識的に
気を付けるようになりました。
私の場合
ニュートラルな状態で
自分の『気』を保つ事が必要だったのですね。
その立ち位置が
ようやっと
体感を通して解るようになりました。
物を作る人間の一人として
出来上がった物が
美しいものである事はもちろん
必要としてる人に届く
物でありたい。
そして
自分のコンディションを
意識的に調整出来るようになった事によって
必要な人のところに
必要とされる作品が届くように
そんな願を込めて作れるように
ようやっとなれたのだと
嬉しくなりました。
今までは
「次の個展は?」と言われて
はっきりした事を申し上げられなかったのは
この「意識的な調整」が
自身の中でクリアになっていなかったから。
今は
ものすごく作りたい衝動が
あふれてきてました。
自分でも
次の個展への準備が
楽しみになってまいりました。
まずは
今年12月に行われる
美術展出展目指してデザインを準備しようと思います。












