あれから5回目の3.11
あれから5年だそうです。
「だそうです」というのは
なんだか私の実感がおかしくなってきたから…
写真は
亘理の街中の展望台から荒浜方面を見たところ。
教室と教室の間の時間で行ってまいりました。
地平線のように見えてますが
きっとそれが
昨年見た↑防波堤というか防波壁なんだろうな
そしてきっと
その向こうが海なんだろうなと
今年は海には行かず
町の展望台からぼんやり海側を眺めてまいりました。
時の流れが変な感じです。
早いような、早くないような…。
そして
年々「この日」の重みが増して
体に鈍く重く感じるようになって来たような印象を受けております。
去年、亘理にご縁を頂いて足を運んだ「鎮魂の碑」
今年も行ってまいりました。
そして、見事に道をはずれ迷子になり
たどり着いたのは黙祷の時間5分前…。
采配とは怖いほどだと思えます。
予定では私は時間を外して人の気の少ない時に
手を合わせに行く予定でおりました…
迷子にもならない道順でしたが
途中の工事の迂回でわからなくなりその後は…ぐるーーっと…。
そういう巡りになっていたのでしょうね。
去年は強風で長いことつけられなかったお線香も
今年は思うよりスムーズにつけることが出来
早々に手を合わせることが出来ました。
黙祷の放送が空を駆け
空気が変わり、風が乾く。
祈りと願いを込めて黙祷。
どこかの放送のカメラクルーの方たちも
記録用の写真を撮っているであろう方たちもいらっしゃいました。
近くで仕事をされてただろう方たちが時間をまえに
あちこちから歩いていらっしゃって
時間が近づくにつれ車も続々とやってきました。
昨年はほとんど人の気の無いときに行きましたが
どこかのご住職さんの読経にご一緒することが出来
今年は
どこかの神父様が祈りをささげている席に
祈りの声も聞えないほど遠くからではありますが
ご一緒させていただきました。
こうしてこの日各地で
たくさんの方たちの祈りが空に昇るのですね。
この時期になると
いろんな特番が組まれたり
SNSなどネット情報からも
たくさんの現状が知ることが出来ることと同時に
毎年、複雑な思いも受けます。
教室でその話になると自分の視点の位置が
どうしても違う角度になっていることに気付かされます。
そしてまたそのことで自分で自分を重たくしてゆく様子を
自分であきれながら受け入れてるようにしてゆく、という
そんな気持ちの調整を強いられてしまう
複雑な時期。
だからこそ私は
突然この世を離れることになってしまった方たちが
迷わず天へ還れる様に
そして今も尚
帰れずにいるたくさんの方たちが
帰りを待っている大切な方たちのところに
無事に帰れますよう
強く願い祈らずには居られなくなります。
年数を経れば想いは癒えてゆくのかと
漠然と思っておりましたが
どうも、そうでは無い様で私は
癒えるとは別の方向に重く、鈍く向かっているようです。
それを
ただ、受け止めるのが精一杯です。
前向きな事が未来へ向かう鍵だとわかっていても
それがすべてだとも思っておりません。
立ち止まることも、受け入れることもまた、
未来へつながる小さく大きな一歩だと考えております。
今日という日の感じ方も人の数だけあって
悲しみの形も歩くペースも様々だと思います。
未だに、この日が辛い方もたくさんおられるでしょう。
だからこの日を抱きしめて過ごすのかもしれません。
日常のありがたさを強く感じます。
そして過去の中であれ未来であれ
大好きな方たちと一緒に過ごす大切な日なのですね。
どうか
皆様の祈りと願いが天高く届きますように
どうか
無事にあなたが家族のもとへ帰れますように
そして、
現在を生き
未来に繋げて欲しいと、
生きて欲しいと
祈り、願うのでした。














